会社の生活からスタートして、今は念願のマイホームへ! 音楽・バイク・ゴルフなど色々紹介したいと思います。
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サラリーマンパグ犬!刻音&蘭丸
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2008.09.25 Thu
「みそかつ」

ある夏の暑い日、「今日のお昼は何を食べようか」と考えていると、「ソウルに偽物の味噌カツ屋があるらしい」という話を職場の先輩が持ち込んできた。
 愛知県出身の私は味噌カツが大好き。さっそく後輩の韓国人女性と一緒に食事に出かけた。
 道路につきだした看板の店名も、マスコットの横綱姿の豚の絵も、確かに名古屋で流行っている味噌カツ屋と同じだ。午後1時少し前だったが、60人ほどが入れる店内はほぼ満席。期待してメニューを見たが、まずがっかり。トンカツやヒレカツはあるが、目玉の味噌カツがない。しょうがないから7000ウォンのカツカレーを頼んだ。食べてまたがっかり。韓国でよくある、冷凍のカツを揚げなおしただけの代物だった。
 食べ終わって40代の男性店主に話を聞いたら、「名古屋に行ったこともない」と言う。「何だか、店の名前が商標違反とかいう話があるらしいが、この店は別の経営者から譲り受けただけ。俺も被害者だ」と息巻かれた。
 仕方がないので、数百メートル離れた、その「別の経営者」が営む元祖味噌カツ屋に行ってみた。
 こちらは店の名前は一緒だが、豚のキャラクターがなくなっていた。ちょうど特派員仲間の在京テレビ局記者が店から出てくるところだった。記者氏に「どうだった」と聞いたら、「店主、怒っていますよ。取材が相次いでいるから」とアドバイスされた。
 店に入ると、20代の男性店主が疲れた顔で突っ立っていた。「あんたも、取材か。帰ってくれ」と怒るのを、「5分だけ」となだめて話を聞いた。
 2年ほど前、トンカツ屋を開こうと思っていたところ、妹の知り合いの日本人大学生から「日本においしいトンカツ屋がある」と言われて、名前やキャラクターを拝借したという。
 「違反では」と聞いても、「韓国では有名じゃない」「うちは味で勝負している」と反論する。それでも最後には「色々うるさいから、店の名前は変えることにした」と白旗を揚げた。
 韓国ではトンカツ屋だけでなく、お菓子やテレビのバラエティなど、どうみても日本の真似としか思えないものがあふれている。昔流行ったテレビアニメの主題歌を歌った同僚は、韓国人から「なんで日本人が、韓国アニメのフレーズを知っているんだ」と不思議がられたという。
 トンカツ屋からの帰り。韓国人の後輩に「やっぱり韓国は遅れているんでしょうか」と聞かれて、返事に詰まった

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2008.07.08 Tue
「終わらぬろうそく集会」

前回、お話しした「ろうそく集会」がソウル市内でまだ続いている。5月のうちは、広場で歌ったり、演説を聴いたり、割と静かだったが、そのうち人々が道路にあふれ出した。
 警察の知人は「道路にはみ出したら違法行為だから取り締まる」と言っていたが、世論に刃向かうのは良くないと考えたのか、警察は傍観を決め込んだ。
 だんだん、下火になってきな、と思ったら、今度は参加者の行動が過激になった。ある朝、支局がある東亜日報本社に着いて驚いた。回転ドアのガラスは割られるわ、玄関にゴミがうずたかく積まれているわ、落書きがいっぱいされているわ、もうめちゃくちゃな状態だった。東亜日報は保守系大手紙で、論調が政府寄りなのが、参加者の気に障ったらしい。
 そのうち、東亜日報本社周辺の警備が厳しくなった。6月中旬の土曜日午後10時ごろ。米韓外相会談の記事を本社に送り終えて、社屋の外に出ると、なんだか雰囲気がおかしい。四方から戦闘警察(機動隊)と群衆が争う声が聞こえてくるのだが、建物の周りには警官しかいない。不思議に思いながら、大通りに出ようとしたら、警察のバスが通せんぼして抜けられない。回れ右をして、別の方向に向かったが、やはり同じ。
警官が「どこに行くんだ」と聞いてきた。「家に帰るんだ」と答えると、「今は無理だ。全部封鎖している」という返事が帰ってきた。東亜日報が完全防護の対象になっていた。
ようやく、大通りに出ると、今度はバスに綱を引っかけて、綱引きよろしくバスを引き倒そうとしている群衆の姿が目に飛び込んできた。道路は警察の放水で水浸し。散布された消化剤が警察のサーチライトに反射して、白く光っていた。そこでみた韓国の人々の目は、私が普段知っている韓国の知り合いの人たちの目とは異質なものだった。
集会はまだ続いている。私も知り合いに手当たり次第に、どうしてこうなったのか聞いて回っている。ある人は「貧富の格差がひどくなって、鬱屈した不満が爆発したのだ」と言い、別の人は「法を破ることへの恐れがない。昔の民主化運動が悪い意味で影響している」と語る。正確な理由はわからないままだ。
米国産牛肉の輸入規制を巡る米韓の追加交渉は終わり、市中に米国産牛肉が出回り始めたが、まだこの集会は終わる気配を見せない。
ある夜、アジアの某国大使と食事をともにしたとき、大使が「韓国の人は運動好きなんだよ。特に好きな種目がデモなんだ」と冗談を言った。
人々が冗談で済ませているうちに、この集会が終わりを告げればいいのだが。

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2008.06.09 Mon
「ろうそく集会」

私の机がある朝日新聞ソウル支局は、ソウル市のオフィス街で、光化門と呼ばれる場所に立つ東亜日報本社の9階にある。李明博大統領がソウル市長時代に復元した清渓川(チョンゲチョン)と呼ばれる河川の起点となる場所だ。
清渓川は昔は暗渠で、上を高架道路が走っていた。李氏がそれを取り除いて観光拠点にした。夜になるとライトアップされ、週末は深夜まで多くの親子連れで賑わう。ちょうど私の机から、その様子がよく見える。
 ところが、最近、夕刻になるとこの周辺が騒がしい。大きな歓声が上がったかと思えば、大音量で音楽が流れる。窓越しに下を覗いてみたら、無数のろうそくの光が揺れている。5月2日から、政府の米国産牛肉輸入再開に抗議して始まった「ろうそく集会」だ。
 もともと、02年に起きた在韓米軍装甲車による女子中学生の轢死事故を悼むため、若者たちが西洋の追悼文化を真似たのが始まりだという。
 韓国は法律で日没後の政治集会は原則的に禁じている。政府関係者によれば、「夜間はお互いに興奮して混乱が起きやすいから」という。しかし、「ろうそく集会」は元々追悼目的で始まった文化行事なので、この限りではない。そこで、毎晩毎晩午後7時を過ぎるとこの「ろうそく集会」が始まるのだ。もちろん、集会で「米国産牛肉を輸入するな」「李明博は退陣しろ」と叫んでいるわけで、厳密にいえば政治集会だが、警察も下手に取り締まって世論を敵に回したくないから、できる限り手荒な事は避ける。
 そしてついに、6月に入って参加者が公道を行進する事態にまで発展した。最初は警察も必死に取り締まって、けが人も出たが、最近はお互いがあうんの呼吸がわかったのか、激しいもみ合いにはならない。
 ある金曜日の夜。午後10時過ぎに、外に出てみて驚いた。会社の前の公道が歩行者天国になっていたからだ。抗議のプラカードを持っている人もいるのだが、家族連れで散歩している人、路上で座り込んで食事している人、弁当やろうそくの売り子までいる。みんな、一体何が目的なのか、ちょっと見ただけでは、よくわからない。
 韓国のある政治家はこの光景をみて、「初めて、直接民主主義が実現した」と喜んだという。平和的なデモで素晴らしい、と評価する人もいる。私にはちょっと判断がつきかねる。「今の日本でこんなエネルギーはあんまり生まれないだろうな」とは思った。この集会は大体午前5時ごろまで続く。朝の地下鉄が動き始めると、みんなが家路に就くからだという。「時間がある若者にとって、ちょっと楽しいイベントなんですよ」という同僚の言葉に妙に納得してしまった。

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2008.05.04 Sun
「キャンプデービッド」

飛行機で南へ1時間ちょっと。スーツ姿では肌寒かったニューヨークとうって変わり、ワシントンは上着がいらないほどの暑さだった。4月半ば、李明博韓国大統領を追いかけて、米国に出張した。
 韓国大使館の近くのホテルにプレスセンターが設けられた。朝8時ごろから夜中の零時近くまで缶詰で、息が詰まりそうになった。
米国務省の知り合いに電話をすると、「忙しいけど、オフィスに来てくれたらコーヒーをご馳走する」という返事。喜び勇んで出かけた。横長の国務省のビルの玄関には、米国と国交のある外国の国旗100数十本が掲げられ、この国が世界の中心にいることを主張しているようだった。
私が訪れたのは朝鮮部。外国人は一人で構内をうろつかせてもらえず、エスコート役の秘書に連れて行ってもらった。朝鮮部と日本部は同じ一角にあって、入り口も一緒。正面の壁にはチマチョゴリと振り袖が左右に掛けられ、「左が朝鮮部、右が日本部」という案内板代わりになっていた。
朝鮮部に行く途中、ちらっと日本部の方に目をやると、オフィスにブッシュ大統領と小泉元首相が並んだ写真がたくさん掲げられていた。「この国の大統領にとって、一番仲が良い相手は、今でも小泉さん」ということなのだろう。
友人とは小一時間話し込んだ。印象的だったのは「今回、これで喜ばない韓国人はいないだろう」という言葉だった。米政府は李明博大統領のため、大統領迎賓館のブレアハウスと、少し離れた大統領山荘のキャンプデービッドを用意した。韓国政府関係者は「キャンプデービッドを訪れた韓国大統領は史上初だ」と鼻高々だった。
確かに、韓国と米国との関係は最近少しギクシャクしていた。キャンプデービッドで仲良くゴルフカートに乗る李氏とブッシュ氏の姿は、韓国人にきっと安心感を与えただろう。
ただ、私の知り合いの外交官たちはよく、「外交にただのランチやただのディナーはない」という話をする。米国には外国首脳の宿泊に関する接待にランクを付けているという。?クロフォード牧場、?キャンプデービッド、?ブレアハウス、?一般ホテル、という順番だ。福田首相は訪米時、「時間を節約するために」と、わざわざ米国が用意したキャンプデービッド行きを断っている。
李氏もよく「実用外交」という言葉を使うが、今回の訪米はどうだったのだろうか。
米国務省の友人とのおしゃべりは楽しかったが、コーヒーを飲み損ねた。友人の「今度、ソウルでビールを飲もう」という挨拶を聞いて別れた。

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2008.04.28 Mon
「踊る総選挙」

取材を予定していた場所に近づくにつれ、リズム感のある音楽が段々大きく耳に届くようになってきた。タクシーの窓越しに、さびれた商店街の四つ角に目をやると、揃いの黄色いシャツを着た中年女性たちが一緒に踊っていた。
 4月初め、私は韓国総選挙を取材するため、韓国西南部の港町、木浦(モッポ)を訪れた。永く、金大中元大統領の側近を務めた人が無所属で立候補したと聞き、取材をしてみようと思ったのだ。
 到着したのは午前11時15分。渡された予定表には「11時30分から遊説開始」となっていた。しばらく、女性たちの踊りを見学することにした。
 流れてくる音楽は、昔韓国で流行った歌ばかり。演歌調ポップスとでも言えばいいのか、リズムのあるアップテンポの曲が流れる。ちょっと違うのは、歌詞が、立候補者をたたえる内容になっている点だ。「永遠の同伴者、○○」「木浦の宝物」といった調子。それぞれの曲によって、微妙に振り付けを変えるところが凝っていた。女性たちの背後に駐車した選挙カーには大型のスクリーンが備え付けられ、立候補者の在りし日の栄光の場面を延々と流している。
 気が付くと時計は正午を回っていた。いい加減、足が疲れてきた頃に、候補者が到着。大音響で演説を始めた。曰く、「木浦に一番、予算を持ってこれるのは誰だか、分かっていますか」「金大中大統領と昨日も電話で話をしました」などなど。私が「これは、日本でむかーし、流行っていた演説の調子では・・」などと思っていると、突然、候補者氏は「日本の朝日新聞も大きく報道しました。いかに私が世界的に注目されているか、おわかりでしょう」と言い出した。
 はて。私はまだここで取材中。原稿は一行も書いていない。きっと、昨日、選挙事務所に取材を申し込んだのを、勝手に誇大宣伝したのだろう。おかしいやら、憤慨するやら、妙な気分になった。
 韓国も完全な自由選挙に移行してすでに20年。色々な大統領が現れ、ダイナミックな政権交代も実現した。民主主義の勉強という意味では、日本よりも経験豊富な点がいくつもある。ただ、草の根で眺めてみると、日本の政治風土の方がいくらか成熟しているところもあるのでは、と改めて思った。
 演説が終わって、選挙事務所の取材も終えたのが午後3時前。それからバスに乗って、東南部の釜山に移動することにした。バスターミナルの女性に「木浦から釜山まで何分?」と聞いたら、「5時間半」という答えが返ってきて驚愕した。昔、「アフリカは南北の移動は早いが、東西の移動は恐ろしく不便」と聞いた言葉を思い出した。東西の地域格差が続いてきた韓国には、こうした負の面もまだまだ残っている。痛む腰をさすってバスを降りたとき、すでに時計は午後9時を回っていた。

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